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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2909号 判決

控訴人

青木松助

右訴訟代理人

鈴木光春

井口寛二

被控訴人

北見博之

右訴訟代理人

堀江達雄

主文

一原判決主文第一項を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、五七三万九、七二八円及びこれに対する昭和五〇年二月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

二訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

(控訴人)

被控訴人は、本件貸借が行われたころ、各所で飲食店や遊技場を営む商人であつたところ、そのころ、川崎市内に店舗を購入するため控訴人から七〇〇万円を借り受けたのであるから、本件消費貸借は、被控訴人がその営業のために行つた附属的商行為である。したがつて、仮に被控訴人の弁済金に過払分があつて、控訴人がこれを返還しなければならないとしても、被控訴人の右返還請求権は商行為から生じた債権であり、五年間の消滅時効に服するから、昭和四〇年五月一日から五年間を経過した昭和四五年五月一日、時効によつて消滅している。

(被控訴人)

被控訴人の本件過払分返還請求権は、民法によつて認められた不当利得返還請求権であり、その時効期間は一〇年である。したがつて、右返還請求権の消滅時効は、未だ完成していない。

理由

一被控訴人が、控訴人から昭和三九年四月三〇日、七〇〇万円を、利息月七分、利息は同年五月から毎月々末限り支払う、弁済期は昭和四〇年四月三〇日の約定で借り受けたことは、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すると、被控訴人は、控訴人から昭和三九年四月三〇日、一か月分の利息として四九万円を天引きされて六五一万円の交付を受けたうえ、控訴人に対し、同年五月から昭和四〇年四月までの毎月末日に約定利息四九万円を任意に支払つたほか、弁済期日の昭和四〇年四月三〇日、元本分として七〇〇万円を弁済したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、天引利息は昭和三九年四月分の利息として支払われたものであり、そのうち、被控訴人の天引後の元本受領額六五一万円を元本としてこれに対する利息制限法所定の利率によつて計算した利息額(同月三〇日の一日分)をこえる部分は、元本の支払いに充てたものとみなし、その後の毎月末日に支払われた約定利息のうち、いずれも同法所定の利率によつて計算した金額をこえる部分は支払いの都度、元本に順次充当されたものと解すべきであるから、被控訴人の右弁済による充当関係は、別紙計算表に記載のとおりである。

したがつて、弁済期日における残存元本額は、一二六万〇、二七二円にすぎなかつたのであるが、被控訴人は、同日、元本分として七〇〇万円を弁済しているのであるから、右残存元本額をこえる五七三万九、七二八円は、計数上元利金が完済された後の債務が存在しないのにその弁済として支払われたものに外ならない。したがつて、右過払分は、控訴人が被控訴人の損失において法律上の原因なくして利得したものといわねばならない。そして、被控訴人が、右七〇〇万円支払いのとき、既払い利息中利息制限法所定の制限を超える分が上記のごとく元本に充当される結果、右残存元本額が一二六万〇、二七二円にすぎなかつたということを知つていたものと認め得る証拠はない。

控訴人は、「本件消費貸借にかかる金員は、被控訴人の求めにより、控訴人が他から月七分の約で借り受けてこれを被控訴人に貸与したものであり、その後、右借受金について控訴人は昭和三九年七月、織茂光茂から一、〇〇〇万円を借り受けてこれを弁済した。そして、右織茂からの借受金の利息の約定は月七分で、控訴人は、被控訴人から支払いを受けた利息金をもつて控訴人の織茂に対する右利息の支払いに充てているから、控訴人の利得は現存しない。」と主張する。しかし、既に認定するところによつて明らかなとおり、控訴人が利得したのは、昭和四〇年四月三〇日、元本分として弁済を受けた七〇〇万円のうち、右同日現在の残存元本額をこえる五七三万九、七二八円についてであつて、控訴人が利息として支払いを受けた金銭ではないから、右主張は主張自体失当であるところ、金銭による利得は、現存するものと推定されるから、特に反証のない本件においては、控訴人が、被控訴人の右弁済によつて得た利得は、現存するものといわねばならない。したがつて、控訴人の右主張は採用できない。

次に、控訴人は、被控訴人の本件不当利得返還請求権は、時効によつて消滅している旨抗弁するのであるが、右返還請求権は、被控訴人が、本件消費貸借金債務が完済されて債務が存在しないのにその弁済として支払つたことによつて生じたものであるから、本件消費貸借が商行為であるか否かとは関係がなく、控訴人主張のように商行為によつて生じた債権ということはできないのであつて、その消滅時効の期間は、民事上の一般債権として民法第一六七条第一項により一〇年と解すべきである。したがつて、被控訴人が本件不当利得返還請求権を行使して訴えを提起したのは、昭和五〇年一月三〇日であることが記録上明らかであるから、未だ消滅時効の完成はなく、控訴人の右抗弁は採用できない。

三してみると、控訴人は、五七三万九、七二八円は不当利得としてこれを被控訴人に返還すべき義務があるところ、控訴人は、右返還義務につき、当然に直ちに遅滞の責を負うものではなく、また他に特段の事由の主張立証はないから、控訴人は、本件訴状が控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年二月二日から遅滞の責を負うべきである。

よつて、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し五七三万九、七二八円及びこれに対する昭和五〇年二月二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当であるからこれを認容すべく、その余は失当であるからこれを棄却すべきところ、その全部を認容した原判決は一部不当であるから、原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(園田治 田畑常彦 丹野益男)

元本充当計算〈省略〉

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